先日、田村(潔司)さんのYouTubeを拝見しました。
「それ」は、なんとなくは知っていましたが、見ることは
ありませんでした。
文庫本「ざまぁみろ!」の第6章辺りでしょうか。
あの辺りの記述やその手前、あとはすでに記した全体的の
見直しや訂正等を行っていたころです。
昼も夜もバイトしてジムで指導して息子の飯作って、
戻りたくない時期です。
当時、水曜日を定休日にしていたと記憶しています。
水曜日が、彼の打撃の練習日だからです。
総合は全く自分には分からないので、部外者ですが、
打撃の手伝いに行こうと決めてからは、事前に興行のスケジュールを
なんとなく頭に入れておいて、そろそろ決まるかなという
気がしたらいつでも手伝いに行けるように控えていました。
予感が当たって、発表前に出向き始めたこともあります。
やるやらないではなく、事前にやるつもりで動けば足手まといには
なりません。
船木戦、桜庭戦、色色と思い出します。
その2つは覚えています。
船木選手のセコンドに前田がいることは知りませんでした。
通路入口で、入場前の煽りⅤを観て練習風景が流れてそれで
彼の元で練習していたことを知りました。
その後、相手の船木選手の入場のシーンを見て気づいたと記憶しています。
マスコミに、「そういうセコンド同士がかつて」、ということに
すら興味も抱いてもらえない程度の存在だったと思います。
話題にもなっていません。
勝った時にリングに上がろうかとも思いましたが、そういう想いも
あり、なのでやめました。
試合が決まりそうな頃、決まってからは水曜日に警備を終えて、
もしくは作業の現場を終えて、一度帰宅して息子と一緒に西調布(当時)の
ジムに向かいます。
終えて、駅ホームで買っておいたおにぎりやパンを食べ、でも、
息子は毎回、電車内で眠ってしまい新宿や本八幡で乗り換えの際に
大変でした。
息子と彼の荷物を肩に担いで、ミットや自分の荷物を全て抱えて
ぎりぎり終電に間に合ったこともあります。
桜庭戦も同様です。
セコンドに着く際に、気を付けていることがあります。
出しゃばらないこと、そして、選手のモチベーションが上がる
ような何かをすること、些細な一言であったり、他の何かで
あったり。
前年の辰吉丈一郎のタイでの試合もそうでした。