2019/07/13
僕のことを知ららない方に向けて記しています。
既に以前何処かで読んでご存知の方がいらしたら
すいません。
「子供曜日」、小学生の会員らによく自分の子供の
頃の話や、息子が小さかった時のことを話します。
指導という意識はありません。
参考にして欲しいということと、損する側では
勿体ない、そう思うからです。
同級生らよりも恰好いい男の子の方がいいでは
ないですか。
だから、そうしなくてはいけないという訳では
なく、自分の考えを云うのです。
失敗を恐れて恥ずかしがるよりも、胸を張って
欲しいと思います。
「失敗することは恥ずかしいことじゃないよ。
失敗することを恥ずかしいと思う気持ちが
恥ずかしいんだよ」
息子にも散散いい聞かせてきましたが、僕は
そう思うのです。
堂々として欲しいのです。
周りの様子を伺った苦笑いなんて子供らしく
ありません。
僕は自分がそういう子供だったから、息子には
自分の考えを常常述べてきました。
だから、息子が自分のことを恥ずかしがらないで
告げてくれた時、
「恰好いいな。アーシーには出来なかったよ」
そう云って褒めてきました。
先日の子供曜日での会話もそうでしたが、
こちらから想いを告げると子供会員らは真剣に
耳を傾けてくれます。
ま、僕が面倒臭い奴だということを息子同様に
きっと理解してくれているのでしょう。
「自分のことを天才だって思いなさい」
キックボクシングならキックボクシングで、
他の何かなら他の何かで、そう思うと人よりも
早く上手になれるし、周りより先に行くのが
早いからという理由も添えます。
13歳、中学2年生の時にキックボクシングを
始めました。
今でこそ子供は沢山やっていますが、30数年前の
その時代には同様の子は全くいませんでした。
人よりも早く人生の目標を見つけて、それを始めた
自分は天才だと思っていました。
勿論、その後ことある毎につけてそう思って
きました。
そう思わないとやってられないということも、
勿論あります。
誰も知らない、忘れられた競技だからです。
そんな競技で自分は名を残す選手になることを
当然のことのように決めつけていました。
ええ、天才だからそうなるのは当たり前なのです。
天才だから普通では駄目なのです。
だから、スポーツバッグに3kgの鉄アレイを
2つ入れて毎日通学しました。
重いけれど、天才が我慢できない訳ないのです。
天才は人と同じでは駄目だと思いました。
だから、中学卒業して高校進学しないで渡タイして
現地でデビューしました。
天才だから当たり前です。
でも、当然の如く挫折に突き当たります。
華華しくデビューを飾るのかと思いきや、
敗けます。
自分なんて普通の選手じゃないか、希望を
見失い、自分自身を詰りました。
転んだら立ち上がる。
ええ、天才は挫折に敗けてはいけないのです。
なにかある度、そういうドラマの主役になりきって
いました。
翌年、日本でデビューします。
ですが、高校再受験失敗。
二次募集失敗。
定時制の二次募集合格。
入学。
中間試験当日朝、轢き逃げに遭い入院。
定時制強制自主退学。
大検失敗。
高校再再受験。
2年遅れで高校進学。
2年生で留年。
2度目の2年生で成人式。
1度目のタイトル獲得。
高校在学中に面白がられて少しだけ媒体に
出るようになり、キックボクシングに脚光が
当たり始めます。
ガラガラの後楽園ホールを超満員にするということや、
雑誌の表紙などを飾るのは中学生の頃に思い
描いた通りです。
ええ、自伝の出版も。
中学生の頃に自伝のタイトルやインタビューで
訊かれたこう応えようなどのイメージをして
いました。
サインも、トランクスやガウンもデザインして
いました。
思い描いたことはそれなりに出来ました。
自分を「天才」と思い込み続けてこれたからだと
思います。
挫折にぶつかる度、天才だから乗り越えられない
訳がない、だとか、乗り越えられる筈だと思い込んで
着ました。
当然です。
天才なのだから。
「わざわざ周りに教えてあげる訳ではないのだから、
何かをやる時、自分をそう思った方がいいよ」
子供なんて、「お前なんて天才じゃない」とかどうせ
馬鹿にするのです。
自分に何もないから何かやろうとする人間を否定して
安心したがるのです。
大人もそうですが。
キックボクシングを教えていますが、キックボクシング
だけでなく、その子の人生の役に立てる心の基礎を作って
あげたいと思って指導しています。
「天才」、自分のことをそう思うことによって、
向上心が常時、身につくのです。
天才なのですから。
天才が怠けていたら恥ずかしい、そう思って周りが
休んでいるその時間に、遊んでいるその時間に頑張る
ことが苦でなく出来るのです。
キックボクシングを軸にして、技術は勿論のこと指導
しますが、でも、一番必要なのは気持ちだと思って
疑いません。
僕なんて天才でもなく、ただの選手なことくらい分かって
います。
でも、そう思うことが出来たから、あの時代に続ける
ことが出来たし、数え切れない挫折にめげないことが
出来たのだと思います。
前述した通り、中学生の時に思い描いたことは大抵
出来ました。
でも、この歳まで続けているとは思いもしません
でした。
これは自分の想像を越えました。
息子がプロになって親子で続けることも、同じ日に
試合するということも。
高が知れた人生ですが、でも、人生って面白いなと思って
います。
つまらない知識なのかも知れませんが、僕が考えてきたこと
経験してきたことなどを、必要なことは子供らに伝えたいなと
思います。
自信をつけてあげたいのです。
それは、子供だけでなく大人もですが。
大人も子供も喜んで。
この汚い笑顔で、元気よくあなたのストレス受け止めます。
ASSHI-PROJECT 会長 立嶋篤史